両親の熟年離婚を経験して今感じる事

両親は物心付いた時から毎日喧嘩している記憶しかなく、毎日毎日いつ別れるのかビクビクしながら過ごしていました。そして加古川の法律事務所で離婚手続きを始めました。

特に喧嘩したからといって子供に当り散らす両親ではなかったという事と、父は仕事熱心な人でしたが子供にはマメな人でした。
私は三人兄妹で、父の仕事が休みの日は私たち兄妹を遊びに連れて行ってくれて、一緒にプールに行ったり、公園に行ったり、登山やスキー、陸上やキャンプ等様々な事を教えてくれたのです。
父は自営業でしたから出張のついでではありますが、子供も一緒に連れて行ってくれて、私たち子供にとっては旅行という意識で楽しんでいました。
しかし母にとってはあまり良い夫ではなかったようで、父の会社の手伝いの為に父の会社でフルタイムで働いていた母は、常に不満たっぷりでした。
二人は普段は普通の仲が良い夫婦なのですが、夜になるとお互いにお酒を飲むのでお酒が入ると喧嘩になるのです。
私が中学生になってもそんな日常でしたから、もう一生このまま離婚しないで嫌々ながら一緒にいるのだろうと、そういう夫婦なのだと思っていました。
しかし、兄が社会人になって家を出て、妹が遠くへ進学する為に家を出た後、一人実家住まいだった私も社会人になって実家を出ると、夫婦だけの生活が始まります。

先に耐えられなくなったのは母の方でした。
夫婦だけの生活は実に寂しいもので、子供がいなくなると全く会話もなくなり、一緒にいる意味を失っていました。
そしてそんなストレスから体に不調をきたし、難病にかかってしまった母は、このまま父といると自分の体がもたないと実感し、離婚を決意したのです。
難病になった事を父に告げた時も本当に病気なのか、と言われた事もネックになり、離婚の引き金になりました。
父は母を本当に大切に出来ない人でした。
母には限界だったのです。父と離婚した母は、一人の時間をエンジョイし始めると、難病もみるみる良くなり定期検診では薬も必要ないと言われました。
命には替えられませんので、今思えばあの時離婚して本当に良かったと感じています。

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